『やっぱりヒーローになりたい!―サーラの冒険 6』(山本弘)
やっぱりヒーローになりたい!―サーラの冒険〈6〉 (富士見ファンタジア文庫)
- 作者: 山本弘,幻超二
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2006/07
- メディア: 文庫
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英雄の資質とは何だろう?
サーラは英雄なのか?
サーラは隠された人の心を読み、その人に安らぎや勇気を与える言葉を使うことができる。
それは、サーラの誠実さから生まれる。サーラの苦悶から生まれる。サーラの内面的な強さから生まれる。
サーラのデルを説得するシーンはすごいです。作者は逃げませんでしたね。サーラのセリフを綺麗事っていうこともできます。でもね、サーラがデルに言うんだよ。デルが抵抗できるわけないじゃん。まぁ、愛って言うと安っぽく聞こえるかもしれない。意志って言っても安っぽく聞こえるかもしれないけど。そう思うやつは、今までのシリーズを再読するのだ。
サーラの強みは、敵の心理も仲間の心理も的確に読み取ることができることなの。敵の心を攻めたり、仲間の力を鼓舞したりもできる。
人は罪を犯す。それで、罰をうける。社会から、そして自分自身から。
デルの罪は、デルを押しつぶそうとする。自分はサーラに愛される資格なんてないんだ、って思う。死んでしまえればいいのにって思う。サーラに殺して欲しいって思う。それ以外の救いなんかない。不安、恐怖、罪悪感にいつも付きまとわれる。
でも、でも、でも。それは、自分が生きていい理由を常に探し続けていたことの証でもある。デルは生きたかった。それもサーラと一緒に生きたかった。サーラはたぶん許してくれる、自分を愛してくれると僅かな希望を持っていたけど、その希望にすがることができなかった。重い罪を犯したから。
サーラに殺してもらえれば、自分の苦しみも終わるし、サーラの苦しみも終わると思った。それを望んだ。
でも、サーラを愛してしまった時点で、デルはサーラに抗えない。最愛の人に愛されてしまった時点でデルはサーラに抗えない。彼女にはサーラと伴に生きる以外の選択肢なんてなくなってしまうのだ。
ストーリの細かな点も面白い。戦闘シーンも迫力満点。敵も強いやつをたくさん出てきますし。
ミスリルの母のエピソードも良いね。英雄的な存在とはどういうものなのか?その肉体が潰えてしまっても、その英雄の意志が周りの人に受け継がれる。その意志が周りの人の思考を縛る。
あのキャラも出るかなぁ、なんて思っていたら、死んでしもうた(あれ、もしかして、こういうのって生き返らすこと可能?)。でも、うまい殺しかただなぁ。
フェニックスがこういう役回りになるとは思いませんでした。いいところを持っていきますね。
デルの「泥棒猫」というセリフに私は涙しました(比喩)。彼女は、一部かもしれないけど、解放されたんだね。
精神的な傷は、自らの道を切り開くことでしか、癒えることはないのだと思う。自ら道を切り開くことできるのは強さがあるから。そして、その強さを最大限に引き出すのは、折れそうな心を支えてくれる愛する人・愛してくれる人なのだと思う。
サーラの気高い意志は、忘れることができないもの。
(サーラにとってデルってどんな存在なの?とかいろいろ書きたいことはあるけど、このへんで終わり)