『系統樹思考の世界』(三中信宏)

系統樹思考の世界 (講談社現代新書)

系統樹思考の世界 (講談社現代新書)

物理や化学などの典型科学しかやってこなかった人にはお勧め。すごい面白いです。科学とはどういう性質を持ったものなのか?科学の概念を拡張してくれるすばらしい本です。

まだ、全部読んでいないんですが、面白いところとかをちょこっと引用。

なぜなら、共通属性を共有している(それゆえ互いによりよく似ている)ものどうしをあるひとつの枝にまとめることにより、たがいにばらばらにそれらの対象を理解するよりも、記憶を節約できるからです。通文化的に階層分類が世界中で採用されてきたという認識人類学が提示した知見は、その間接的な証左です。私たちは、ものを分類するときには、ごく自然に階層的な配置をしようとするので、「樹」(と「鎖」)はそのような生得的な分類思考を補助する強力なツールとなります。

私は実験を通して、物性物理学という分野を研究しています。いわゆる典型科学*1です。でも、典型科学をやっているのだけど、帰納でも演繹でもないアブダクションという推論形式は自分たちの実際の研究の進め方と遠くないと思いました。


科学というものを否定的に言ったり、科学の限界をあまりにも低く見積もり過ぎるような事を言ったりする人がいます。うまく言い返せなくて歯がゆい思いをすることも多いです。科学の価値をどうすれば認めさせられるのだろうって思うことも多くありましたし、これからもあると思います。この本は、科学の価値、すばらしさ、または科学の強力さの一端を教えてくれます。

全部読んでからまた感想を書きたいと思います。

・・・

というわけで、読み終わりました。

「一人の研究者の生き方」という観点から面白いです。どういう経緯で「系統樹」というものに興味を持っていったのか?学ぶこと、研究するということはどういうことなのか?

第3章の5「なぜその系統樹を選ぶのか」などが面白かったです。いわゆる重み付けの仕方が興味深い。



よい本には「力のある文章」があると思います。「強い文章」とか、「琴線に触れる文章」とか表現することもありますが。私が一番気に入った文章を引用しましょう。

過去のできごとを叙述するためには、人を惑わすレトリックやあやふやな物語などではなく、証拠としてのデータによって支持されるベストの説明を提示しなければなりません。そして、その説明がアブダクションによって導かれるとき、どのような最適化基準(目的関数)がいかなる理由で採用されたのか、その背後にある仮定はどのようなものであるのか、さらにはその説明のどの部分にどれほどの信頼が置けるのかを明示することが「系統樹の科学」に求められているのです。

あと、p210のサルツブルグの引用部分もよいです。

哲学は、哲学者と呼ばれる一風変わった人々による深遠な学問的練習などではない。哲学は日々の文化的思想や行動の背後に潜んでいる仮定を考察するのである。我々が自らの文化から学んだ世界観は、ちょっとした仮定に支配されている。そのことに気づいている人はほとんどいない。哲学研究はこうした仮定を暴きだし、その正当性を検討することにある。

高校生が読める本であるとも思いますが、典型科学をやっている博士課程に入ったばかりの学生とかが読むと面白いと思いました。その専門とする科学に対して、何らかの哲学的なものや方法論などを形成しつつある時期だと思うからです。

・・・とは言うものの、この本を薦めたい人って私の周りにはいないかなぁ。というか、貸しても読んでくれなさそうな気がする。


読書は、一気に最後まで読了したいものです。そうしないと、本来の面白さを失ってしまう可能性が高い。期間を何回かにわけてダラダラと飛ばし読みをしなければ、もっと感動できたかも(感想を書くにあたって最初から最後まで通して読みました)。d(新規な情報)/d(時間)が面白さに比例するからです・・・というのはいいかげんな言説ですが。

*1:本書では典型科学の5基準として「観察可能」「実験可能」「反復可能」「予測可能」「一般化可能」をあげています。