どうでもいいやってこともある 15

  • いじめの問題とかは現時点で私の興味の範囲外です。
  • 道徳教育ってどのようにあるべきか?って考えることもあります。
  • 他人に優しくしましょう、って言うのは悪くはないですよね。
  • まぁ、その前に。「他者のものを奪わない、他者を傷つけない(特に他者を殺さない)」とかは基本かなぁ、って思います。これが守られる必要があります。もちろん、これが破られることもありますが、これは守られるべき規範だと思います。
  • 奪わないって言うのも、細かく考えると難しいですね。傷つけないって言うのも細かく考えると難しいですね。でも、これが基本です。基本を忘れて、そこからの変位ばかりに気をとられていては駄目です。
  • では、何故、このような規範を守るべきなのでしょうか?そういう困った質問をしてくる子供もいるかもしれません。
  • たとえば医者の免許を持っていない人に診てもらいたいでしょうか?運転免許を持っていない人が運転する車に乗りたいでしょうか?ふぐの調理の免許を持っていない人が捌いたふぐを食べたいでしょうか?
  • 何が言いたいのか分かりづらいことを書いてしまったかな。言いたいことは、ある種の自由が与えられるのは、社会からその人が「信頼に足る」と認められているからです。
  • つまり、個人が自由を行使するにしても、社会は社会の規範に則って行動することを社会は要求します。というより、そういう規範というポテンシャルが働いた上での自由ですね。自由電子とかほとんど自由な電子の近似とか、強束縛近似とかそういうのが"好き"な人がここを読む可能性は皆無な気がします。そもそもそのポテンシャルに個人が与える影響は(脱線気味なので略)。
  • 許容される自由と許容されない自由がある?自由については、『自由は進化する』がお勧め。
  • 規範にはいろいろあって、成文化されたものもありますし、慣習的なものもあります。ローカルなものもありますし、グローバルというかユニバーサルなものもありますね。
  • 宗教というのも規範のひとつですが、ローカルルールですね。いろいろな人間の社会で共有する規範は、それだけ強力で、それに反することをすると、社会からかなり強い束縛を受けることになります。強力なルールに、時に逆らうことも必要ではありますが、逆らうなら覚悟を持ってやる必要があるでしょうね。
  • いじめに関して言えば、暴力や器物破壊は法的に取り締まられるべきなのでしょうね。でも、無視は、法的には取り締まることができないと思います。仲良くしろ、って強制するのは人の心を踏みにじった行為だと思います。仲良くさせる(させざるえない)ための舞台装置を働かせることは可能だとは思いますけど。
  • 少年だって犯罪を犯したら裁かれるのは当然でしょう。子供だから、問題を把握する能力に欠けていた可能性もあるわけで、償い方が大人と異なるというだけだと思います。罪を償わせるシステムは必要だと思います。というか、そういうものです。私がいまさら言うまでもなく社会はそういうふうに動いています。
  • 気がついていない人が「何故規範を守らなければいけないのか」を問うのでしょう。-ただ、今の規範が適切であるのかは問うべきことではありますが。少しずつバージョンアップはしていますが、行きつ戻りつで、その発展の遅さにイライラしてしまう人もいるとは思います。でも、そういうふうに人類全体がゆっくり学んでいくしか方法はないと思います。
  • 罪を償わせるシステムはまだまだ発展途上だと思います。でも、誰かが考えているでしょう。
  • 子供社会の規範というのは大人社会の規範とは違いますね。
  • 学校で、「他者に優しくしなさい」って教えるのはいいことなのでしょうか?悪いことではない気がします。でも、「他者のものを奪わない、他者を傷つけない」ってことが先なのではないかと。より強力な応答を生じさせる力の存在を認識・把握させるべきなのではないかと。
  • 規範はあるのですが、いろんな意味で人は傷つけあいます。それは避けられないものも多いです。ある程度の痛みは必要であるとも思います。それが人を成長させる力になるとも思います。あらかじめ小さな失敗を多くしていれば、大きな失敗を回避できるかもしれない。たくさん間違いを犯せば、その分、学ぶことができると思います。間違いをしたと気がつけば。
  • 間違いをしたことにどうやって自分で気がつくか・他者が気づかせるか、って言うのも大事かな。
  • 私は人がどういう風に変化・成長するのかに興味があります。主人公が成長する物語は、だから好きです。エンターテインメントの基本でもありますが。社会の規範形成に物語が寄与するのは(略)。
  • いじめとかを受けて、自殺してしまう人もいますね。自殺は逃避ではなくて、(略)。
  • 念のためにいっておきますけど、いじめを肯定したいわけではありません。でもなくし得ないものだとも思います。でも、その被害を何らかの努力によって減らすことはできるでしょう。若い人が死ぬことは悲しいことです。避けるべきことです。人口が増加することが、良いことであるというわけではありませんけど。再生産のためにも、老人が死ぬのはともかく、若い人が死ぬのはもったいない、という社会の要求もあるかもしれない。
  • まぁ、とにかく避けるべきことなのです。本当に?私はそう思います。ただ、異なる側面から考えると、また違った視点も出てきます。「生命を他の価値のあるものと、交換する」という考え。でも死んでしまったらそれを自分で堪能することはできませんが。もうすこし煮詰っていないもやもやとしたものが私の頭の中にはありますが、それはここでは扱いません。というか、そういうのを引き出してくれる人がいると私はたいへんうれしいのですが、現時点では周りにいませんね。諦めましょう。というか、まぁ、今こういうのを書いているのは、私を何らかの形で駆動した存在があるから書いているわけなのですが、その駆動する存在は、もやもやしたものを明確化するような影響を与えないのです。
  • ともかく、いくつもの視点をもち、それにたいして、適切な重みをつけて行動できると良いですよね。
  • なんか、脱線気味。いいけど。そうそう、成長なのですよ。大人は昔子供だったはずなのに、子供間の力学を忘れているのでしょうか。それとも、子供時代は観察力や思考力が皆無で、今になっても問題を解決する方法が見当違いなのしか思いつかないのでしょうか。
  • 子供の価値体系を知らずに大人の都合を押し付けても駄目ですよね。
  • ・・・また馬鹿っぽい脱線をしているな。
  • 人を虐げようとする圧力があります。それを跳ね除けようとする力が私は好きです。でも、それは・・・、疲れてきたのでこの辺で終わり。