私の興味

  • 「場合分けが大事やねん」と口を酸っぱくしていっている私ですが、場合分けすることにまず気がつくかどうか大事です。普通の場合、気がつかないことが多い。つまり選択肢を知らない。選択肢に気がつかない。有限の認知能力しかないから?とか言ってみたり。「それは場合分けの対象になるのか?」「場合分けするとしたら、どう場合わけできるのか?」「そして重み付けは?」
  • リスク評価では新しいリスクを発見することが重要な仕事らしいです(中西準子さんの本に書いてありました)。
  • 「科学方法論って言ったら、こういうことやって欲しいよな」というのを最近考える。データの整理の仕方が、科学的な方法論の1つだよな。統計処理とか重要だよなぁ。でも私はあんまり知らないのだけど。
  • 民主主義のモデルとかの適用条件とかの話もけっこう好き。多数決の意味づけとかね。
  • 倫理に関することは興味深い。現在社会の倫理はいくつの変数からなっているのかな?こういうのを考えるとき磁性体とかのモデルを考えてしまうのは私が磁性屋さんだからであって、統計力学的に処理できないかな、なんて考えてしまったり。各個人間の倫理相互作用と、社会の経済状況とかを加味して・・・。
  • 社会現象を自然科学のモデルで考える前に『アナロジーの罠』とか読んだほうがいいけどね。駄目でも、最低限「詩的意味」は残るかもしれませんが(笑←誰が笑うんだ?)。
  • 政策を決める際にはやはり数値化したモデルが必要なのだと思う。そうしないと社会のどこに投資するかをうまく決められない。完全なものなんて誰も求めていないので、主要な相互作用とそれに想定できる誤差を加味して考えればいい。
  • アナロジーの濫用はいけないけど、アナロジーは強力なツールというか武器なので、使うのを躊躇しすぎるのも問題だと思う。
  • 物理学科出身の人にもいろいろな人がいて、「人の心理・行動や社会現象を物理用語で解釈・説明するということ」に対して好む人と嫌悪感を示す人がいる。二人に物理素養があって、物理概念を使うのが一番分りやすいモデルと判断されるのなら、物理素養を使うのに肯定的。相手がわからない概念を比喩として使うのは問題だけど。でも使うだけで嫌がる人とかもいて、「そんなに忌避しなくてもいいじゃない」と思う。何で嫌なのかな?嫌な経験でもあるんでしょうか?コミュニケーションをするのは「高度な一致」のためなのだから互いの共通基盤をフルに使わないなんてもったいないと思う。
  • 説明するとは相手の思考体系の一部に帰着させるか、相手に新しい思考体系を作ること。そういう意識がなければ駄目だと思う。

どうも、問いが深まらない私。修行しましょう。