書いてあったから、適切じゃなかったって思い返せる

◆2001/07/01<目的のための手続き> ◆
大人になると感動するのが難しくなる。

またはすぐ理屈をつけたくなる。

感動するのが難しいため、感動するためにいろいろな手続きをとる。
そして、次第に手続きが目的化する。
恋愛とか食事とかそう言うのもすべてそうなる。
好きだけでは物足りないし、おいしいだけでは
だめ。
当然の前提を踏まえた種種の過程を楽しむ。

だから、
たまに、
子供を見て、
純粋に楽しんでるのを見て
嫉妬する、
または純粋になるために、
とんでもない
労力をいとわない。

自分が決めた手続きが滞りなく進むのも結構なことだし、
障害が生まれれば、そしてその障害がギリギリこえられそうならば、
これは燃えるシチュエーション。

過程は目的になり、目的は過程になる。

「こんな程度のことで感動しちゃうのか、大人は」って感じた時が私が大人になってしまったのかな、って思った瞬間。大人ってつまんないことで感動しちゃうな。人生経験が豊富な分だけ・・・まぁいいや略。こんなつまんねーことで感動していては駄目だろう、って思うこともある。感動は自然に生じてしまうことだからしょうがないことかもしれないけど。

自分に誇りを持ちたいとか、安心したいと思うのかなぁ、って自分の心を探っていて思うことがある。なんか他人事みたいだけど、冷静に見つめようとしたら、できるだけ他人の視点で見ようと努力するのではないだろうか。

なんか最近「まぁいいや」が多いい気がする。

こんなぬるいことでカタルシスとか感じてんじゃねーよ、って思うことがある。他人はどうでもよくて、自分にたいして。